下関マグロの“散歩生活”

下関マグロの“散歩生活”

東京の町を散歩します。散歩の途中で出会ったおいしい食べ物やおもしろいものを紹介します!

2010年10月

10月 28日

赤坂にある老舗の中華料理屋さん「みんみん」を訪ねる

赤坂図書館へ行こうと思い、青山一丁目駅から青葉公園へ向かった。
が、図書館は見あたらない。
携帯電話で検索してみると、場所を移動していたようだ。
大きなビルの3階に赤坂図書館はあった。

散歩の途中、図書館でひと休みしながら、本や雑誌、新聞などを読むことがある。
たいていの図書館はトイレや水飲み場もある。しかも、無料で利用できるのがうれしい。
都内にはあちらこちらに図書館がある。自分の散歩コースに図書館がないか探してみよう。

ところで、青山一丁目になぜ赤坂図書館があるのかという疑問が湧く人もいるだろう。
散歩をしているとそういう状況にはよく出くわす。
赤坂見附駅や赤坂駅よりも青山一丁目駅に近い場所になぜ赤坂図書館があるかということである。
これは、かつて赤坂区というものがあったためである。
赤坂区の図書館なので、区内にあればいいわけだけれど、
赤坂区がなくなり、港区になってしまったので、わけがわからなくなっているのだ。

赤坂郵便局も青山一丁目駅の近くにある。これも同じことだ。
それにしても赤坂郵便局も建て変わっていた。
赤坂郵便局


四谷郵便局も信濃町駅の近くにあり、困惑するが、これも四谷区というものがあったと知れば、なるほどと思うだろう。
麹町郵便局も麹町というよりは市ヶ谷駅からすぐの場所にある。これもかつて麹町区があった名残である。

さて、お腹が空いた。少しランチには早いが、ちょっと携帯電話で探しててみよう。
というわけで、「食べログ」で検索。このあたりで、ポイントが高いのは「みんみん」さんであった。
携帯電話のナビで道順を検索してみる。
ちょうど青山通りの赤坂郵便局前にいたのだが、赤坂見附方向に歩く。
青山通り

青山一丁目駅からの散歩は選択肢が多い。
青山通りを渋谷方面へ歩いてもいいし、赤坂見附方面でもいい。外苑東通りを南に行けば六本木方面、北なら四谷三丁目ということになる。
というわけで、今回は青山通りを赤坂見附方向に歩き、右に曲がる。
そうすると、新坂という坂に出る。
赤坂 新坂

東京には「新坂」という坂がいくつかあるが、たいてい、昔は新しい坂であったということである。
この新坂も元禄12年(1699年)に出来たのだそうだ。
この勾配も昔と変わらないのだと思って歩くと、歴史の重みを感じる。
と、路地の先に見えたのが「珉珉」の看板。
みんみん 外観

あー、ここは知っている。というか、何回もきたことがあるぞ。
昔は、夜に来たなぁ。
ちょっとたたずんで、昔を思いだそうとしたら、僕の横をサラリーマンたちが何人も通り過ぎ、
「みんみん」に入っていく。時刻はちょうど11時半。僕もあわててあとへ続く。
お客さんがどんどんやってきて、あっというまに席の半分ほどが埋まっていた。
食べログでは、ドラゴン炒飯がおいしいとあったなぁ。餃子も有名らしい。
この2つを女将さんに注文する。
「餃子のタレはわかりますか?」
と聞かれる。わからないというと、つくってくれた。
お酢に胡椒をたっぷり。
「好みもありますけど、まずはこれで食べてみてください」
とのこと。「なんでドラゴン炒飯っていうんですか?」と女将さんに聞いてみた。
「これねぇ、実はお客さんがつけた名前なんです。精がつくってことで」
へえ、と納得していると、
「味はやさしいですけどね」
とおっしゃる。テーブルの上にあったザーサイを小皿に入れて食べながら待つ。
大きな器でまずはスープが登場。醤油味の
そんなこんなで、ドラゴン炒飯が到着。さらに餃子も。
うまそう。でも、その前に撮影。

みんみん 餃子 ドラゴン藩炒飯


みんみん ドラゴン炒飯

みんみん 餃子


餃子の写真をアップで撮影していると、うしろから
「違うよ」
という声。女将さんの手がさっと出てきて、タレを手前に置かれる。
「あ、ありがとうございます」とシャッターを切ったのがこの写真。

みんみん 餃子


というわけで、まずは餃子をいただく。
外はカリッとし、中はジューシー。おいしい餃子の基本。
あ、タレはけっこうあっさり目。何個でも食べられそうなかんじ。
炒飯は、なるほど、ニンニクとニラたっぷりだけれど、こちらも重くはない。
見た目以上にいくらでも食べられそう。

たまたまかもしれないが、他のお客さんもみんな炒飯だった。
しかも、炒飯はいろいろな種類があるようで、
普通の炒飯やカレー炒飯、叉焼(チャーシュー)炒飯などが注文されていた。
チラッと他の人の炒飯を見たのだが、どれもうまそうだった。

ドラゴン炒飯788円と焼餃子526円で合計で1314円。
お腹いっぱいで、満足。
帰り際に女将さんが紙コップに入れたおしるこをくれた。
思わず「10年ぶりにきました」と言ってしまったが、
それは間違いだった。
おしるこをいただきながら、赤坂小学校の前の通りから赤坂通りに出る。
ああ、昔、このあたりの会社に勤めており、
夜、餃子を食べに「みんみん」に何度かいったことを思い出した。
10年度頃ではなく、30年近く前である。

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10月 15日

早稲田鶴巻町で営業を続ける老舗の定食屋「三福」

20代の頃は、東京の街を50ccのバイクで走り回っていた。
30代になってからは乗り物をバイクから自転車に替えた。
そして40代の半ばから散歩を始めた。
歩くことがバイクや自転車での移動と違うのは、
線の移動か、面の移動かである。

乗り物は道に詳しくなる。街を道(線)で理解する。
それに対して、歩くことは路地など脇道などをいくつも歩きながら、
街を面で理解していく。
自分にとって、それを実感させてくれたのは早稲田という街である。

大阪の大学を出て東京に出てきた僕は、会社の同僚が早稲田大学出身の人で、
彼の案内でよくこの街にはきた。会社の営業車で、
サクッと早稲田通りの「キッチンオトボケ」へ何度かやってきた記憶がある。
その後、自転車で昔ながらのラーメンを出す「メルシー」だとか、今はもうないけれど、
「チョコとんかつ」を出す店などにいった記憶がある。

それから、仕事の打ち合わせで何度か早稲田にきたことがある。
そのときは電車できた。電車移動がいちばん街を理解できない。
地図を見ながら先方の会社に行き、再び駅まで戻った。
早稲田という街をわかったようでわかっていなかった。

早稲田の街は、中心を早稲田通りが貫いている。
早稲田通り沿いに東京メトロ東西線の早稲田駅もあり、街のメインストリートはここだ。
早稲田通りは、西に行けば高田馬場駅、東に行けば神楽坂駅がある。

いろいろなスポットが早稲田にはあるのだが、実際それらを巡るようになったのは、
歩くようになってからだ。なぜかそれまでは素通りすることが多かった。
たとえば、地下鉄の出口からほど近い、
早稲田通りぞいにあるお地蔵さんがあることがわかったのは歩くようになってからだ。
落馬地蔵

早稲田通りは、歩道が狭くて歩きづらいから、早稲田の街は散歩に適していない、
最初はそう思っていたのだが、早大通りという早稲田大学の正門からのびる歩道の広い道が
とても歩きやすいことを知り、早稲田こそ散歩に適した街だと実感した。
そして、訳あって、それまで住んでいた四谷から早稲田に引っ越した。

住むと、さらにその街のことがわかる。
神田川沿いにある「椿山荘」や「関口芭蕉庵」にもよく出かけた。
夏目漱石の生まれた家のあった場所や、その後住んだ家の場所などもよく出かけた。

しかし、住んでみないとわからないような場所がある。
たとえば、定食屋などだ。
あまり知られていないけれど、美味しくて安い定食屋さんを紹介しよう。
「お食事処 三福」である。
お食事処 三福 

実はこれまでこのお店の正式名称を知らなかった。
勝手に「三福食堂」と呼んでいたのだが、そうではなかったようだ。
今回食べログを見て知った。
かつて僕は早稲田鶴巻町に住んでいた。今から数年前のことだ。
そのころはこの定食屋さんによく通ったのだが、今は引っ越してしまい、
本当に久しぶりの訪問だ。
もっとも散歩の途中で外観だけは何度か見ていたが、訪問するのは数年ぶり。
ここは、お婆さんとその息子がやっているお店だ。
お婆さんが高齢なので、まだお元気だろうかと少々心配しながら訪問。
お店に入ると、そのお姿を拝見してホッとした。
以前お話をうかがったのだが、
226事件のときに女学生だったというのから
察するに大正生まれの方だろう。
内装とメニューが変わっていた。
以前から日替わりの定食は500円だったが、
いまはその他の定食もみんな500円になっている。
お食事処 三福 メニュー

黒板に書かれている「本日の定食」は以前と同じである。
定食はたいてい揚げ物だったが、きょうもそう。
お食事処 三福 きょうの定食

ご飯は、並ライス>小ライス>半ライスという具合。
定食のご飯を半ライスにすると、50円引きで450円となる。
なんという安さだろうか。
時刻は12時少し前、嫁と二人で訪問したのだが、入店したときはまばらに埋まっていた席も
どんどん客が入り、お昼過ぎには満席状態。
僕は、「まるじゅう」と呼ばれる「本日の定食」を注文。
嫁は煮魚定食。2人とも半ライスでお願いした。
お食事処 三福 煮魚定食

鯖の味噌煮だった。
少しもらったけれど、これが実にうまい。
お食事処 三福 本日の定食

日替わりはボリューム満点。ところで、日替わり定食のことをここでは、
「まるじゅう」と呼ぶ。以前、なぜかと聞いたことがある。
それは、先代、つまりお婆ちゃんのダンナさん、息子さんの父親が店をやっていたとき、
伝票に「本日の定食」と書くのは面倒なので、○の中に十の字を書いていたのが始まりだそうで、
以来、「まるじゅう」と呼ぶようになったのだそうだ。

さて、会計をすると2人で900円。安いねぇ。うれしい。
定食を食べて、お腹いっぱいになったところで、神田川方面までちょっと散歩して帰った。

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10月 15日

トキワ荘の漫画家さんたちが食べた松葉のラーメンを味わいに行く

ふとしたきっかけで、トキワ荘の漫画家たちが食べたラーメン店が
まだ現存するというのを知り、行ってみたくなった。
最寄り駅は大江戸線の落合南長崎駅、
あるいは西武池袋線の椎名町駅か東長崎駅といったところだ。

目指すは「松葉」という中華料理屋。
その前に「南長崎花咲公園」に寄ろう。
南長崎花咲公園

この公園内にはトキワ荘の記念碑などがある。
南長崎花咲公園 トキワ荘記念碑

ここにはかつてのトキワ荘のミニチュアがある。
こういう外観だったのかというのを頭に入れよう。
南長崎花咲公園 トキワ荘

その下には、トキワ荘のヒーローたちが並んでいる。
トキワ荘のヒーローたち

こういう漫画家さんたちが住んでいたんだ。
説明書きによれば、最初に住んだのは手塚治虫で、1953年から1954年。すぐそのあとで、その向かいの部屋に寺田ヒロオが住んだ。それから、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄(藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ)、水野英子、鈴木伸一、森安なおやといった人たちである。
トキワ荘通り

この公園の前の道の街路灯に「トキワ荘通り」というノボリがつけられている。
この通りには、かつての街並みの記憶として、看板があったりする。
たとえば「鶴の湯跡」。
トキワ荘通り 鶴の湯跡

せっかくの看板なのだが、なんだか見づらい場所にある。
また、この赤ちゃんとお母さんの写真がなんなのかもよくわからない。
こういう看板はうれしいのだが、もっとどうにかならないかとも思った。
さらにそう思わせるのは、次の写真。
トキワ荘通り 古い写真

ガムテープで貼られた写真。
手書きで「北海屋さんの店頭 買物客風景 昭和30年頃」
こういうのはうれしい。うれしいのだが、ここが何屋なのかもわからない。
そして進めば、「松葉」さんがあった。

松葉外観


「松葉」さんの向かい側の路地の入り口に「トキワ荘跡入り口」看板があった。
トキワ荘跡入り口


先に進むと、普通の会社のビルがあった。
でも、それだけなのだ。トキワ荘に関するものはなにもない。
ちょうどそのとき、自転車に乗ったカップルが「ここ、ここ。トキワ荘の跡だぁ」とやってきたが、
何もないので、自転車を降りずに帰って行った。
さあ、「松葉」へ行こう。時刻は12時13分。混んでいるといやだなぁ。
ちなみにこの日は水曜日。あれれ、誰もいない。ちょっと拍子抜け。
奥からお店の女性が出てきて、テレビをつけ、水を出してくれた。
テレビはNHKのニュースでチリ鉱山の落盤事故の救出の様子を映し出している。
画面のすみっこに「アナログ」の文字が出ていた。
やはり、ラーメンにしよう。そう注文したあとで、壁に貼られたメニューを見ていると……。
「松葉」メニュー

「トキワ荘ラーメンライス 680円」というのが目にとまった。
すでに調理を始めている店の人に大声で修正をお願いする。
そうか、ラーメンライスかぁ。懐かしいなぁ。
最後にラーメンライスを食べたのはいつ頃だろうか。
僕が学生の頃は、中華料理屋でラーメンライスを頼む人はけっこういたが、
最近、そういうのはあまり見ない。と、12時20分にラーメンライス到着!
「松葉」 トキワ荘ラーメンライス

スープをすすって、ああぁ、これはラーメンライスにしてよかったと思った。
実にご飯によく合うスープだ。
松葉 ラーメン

刻んだネギにゆで卵が半分乗っている。
味の濃い、噛み応えのあるチャーシュー、メンマやワカメもご飯のおかずになる。
「松葉」ラーメン

モーレツにうまいぞぉ。麺をズルズル食べながら、飯を頬張る。
おしんこがこれまたうまい。ラーメンライスを食べていると、
トキワ荘の漫画家さんたちのことではなく、
自分の人生で食べたラーメンライスについてあれこれ蘇ってきた。
金がなかった大学生の頃、たまにラーメンライスを食べたが、あまりおいしくなかった。
だから自分がこれまでに食べたラーメンライスはさほど多くはないのだが、
この「松葉」のラーメンライスは自分の生涯でいちばんおいしかったラーメンライスであると、断言しよう。
お腹いっぱいで店をあとにした。めちゃくちゃ満足だ。

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10月 12日

駅から遠い、取材拒否のカレー店「ゴッホ」へGO!

このところ、駅から遠い食べ物屋さんへ行くというコンセプトのもと、
ネットであれこれ検索していたら、いいお店を発見した。
世田谷区代沢にある「ゴッホ」というお店。
ネットでの情報などを見ていると、カレーのおいしいお店で
フジテレビでやっていた『取材拒否の店』でも紹介されたそうだ。

いちばん近い駅は京王井の頭線の池ノ上駅。
食べログの情報によれば698mだそうだ。
次が小田急線、井の頭線の下北沢駅。
他にも京急行電鉄田園都市線の池尻大橋駅からも行けそうだ。
さて、どの駅から行こうかとあれこれ考えたけど、決まらず、
結局は新宿駅から歩くことにした。
新宿駅南口から 甲州街道へ

新宿駅南口から甲州街道へ。このところ玉川上水跡はよく歩いているなぁ。
この日の天気は曇り。予報では雨にはならないとのこと。
山手通りを過ぎると京王新線の初台駅がある。
初台駅

このあたりはずっと緑道がある。それが玉川上旧水路緑道と呼ばれているもの。
つまりここを玉川上水が流れていたということになる。
それまで甲州街道と並行していた緑道は
幡ヶ谷駅の手前で南側へ別れていく。
玉川上水旧水路緑道

交差点の名前が、常盤橋、五條橋というように橋の名前がついている。
かつて川があった証である。
さらにこの道を進めば、踏切が見えてくる。
小田急線だ。踏切の右(西)側に東北沢駅がある。
小田急線踏切

踏切を越えてすぐ、なんとも味わいのある建物を見つけた。
山屋ベーカリー

消えかかった看板には「パンと和洋菓子」「山屋ベーカリー」の文字が見える。
かつてここはパン屋さんだったのだろうか。
今は単に自動販売機が置かれているのみである。

その先の交差点が「三角橋」という名前。
かつてはここにも橋があったのだろう。
三叉路になっているので、三方向に橋がかかっていたので、この名前がついたのだろう
ここを松陰高校の方へ進む。
道なりに進めば、京王井の頭線の池ノ上駅脇の踏切となる。
池ノ上駅

この道をまっすぐ行けば、淡島通りへ出る。
淡島通りへ

淡島通りを右に曲がると、セブンイレブンがあり、
その先に「ゴッホ」の看板があった。
「ゴッホ」看板アップ

あれっ。「カリーライス ピラフの店」とある。
カレーのお店から思ったらピラフのお店でもあるんだ。
さらに「珈琲&wine」とある。
ゴッホ 外観

表にメニューが貼ってある。
「肉いっぱい(チキン)のカリー」が1200円。
これにしようと、扉を開ける。
「いらっしゃい」とカウンターの中のマスターが迎えてくれた。
時刻は昼の12時過ぎ。先客はいない。一人である。
とりあずカレーの注文をすると
「辛さはどうしますか」
と聞かれた。メニューを見ると、7段階の辛さに別れている。
下から3番目の「ポリカリ」(少しだけ辛いです)にしてみた。
店のテレビはNHKのお昼のニュースをやっている。
サラダが出てきたので、
「あのぉ、写真を撮ってもいいですか?」
と聞いてみた。一応、取材拒否の店だし、ちゃんと聞いておかなくちゃ。
「ああ、もちろんいいですよ」
とマスターは優しい言ってくれた。ホッ。
ゴッホ サラダ


他の客がいないので、ちょっと不安になってきたが、
お客さんがやってくる。
初老の紳士。冷蔵庫からビールを取り出し、飲み始めている。
常連さんのようだ。
「肉いっぱいのライスなし」
と注文していた。そういう注文もありなんだ。
またひとりお客さんがやってきた。どうやら近所の不動産会社の社長さんのようだ。
カツカレーを注文。
ここで気がついたのは、常連さんには辛さを聞かないということ。
わかっているのだろう。
と、注文の「肉いっぱい(チキン)のカリー」が到着。
湯気があがり、写真撮影が難しい。
ゴッホ 「肉いっぱい(チキン)のカリー」


見た目ではよくわからないかもしれないけれど、
一口食べると、ルーそのものは、ちょっとスパイシーで、
わりとあっさりめである。
肉部分は、鳥の唐揚げである。細長くカットされた鳥に衣を少なめに揚げてあり、
これをルーとあわせたもので、この味わいは、まったく初めてのものだった。
う、うまい!
いっきに食べられた。辛さは、さほどでもなくもっと辛くてもいいかと思った。
カツカレーもおいしそうだった。
そして、珈琲をいただき、会計は1500円。
そして僕は小田急線の東北沢駅まで歩いた。

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10月 9日

新宿駅東南口の「海神」でラーメンを食べ玉川上水跡を天神橋跡まで歩く

前回の散歩のあと、四谷三栄町にある
「新宿歴史博物館」に寄った。
そこには新宿駅周辺の昔の地図が展示してあったのだが、
これが実に興味深かった。
店の名前などがちゃんと入っている地図で、
たしか大正時代くらいのものだったと思う。
東口から今の東南口にかけての道はいまあるものとたいして変わらない。
甲州街道に出る手前にある店が「信州屋食堂」とういう名前だった。
これは、今の長野屋食堂の場所ではないか。きっとそうだ。
というわけで、長野屋食堂へ行ってみることにした。
食堂 長野屋

が、その日は水曜日で定休日だった。くーっ。
で、隣のビルの二階にある「麺屋海神」に行くことにした。
食べログで「新宿×ラーメン」と検索すると、今は「風雲児」が最高得点だが、
以前はここがいちばんだった。

店内に入るとお昼時ということもあって満席。
かろうじて空いている席に座る。
カウンターに座っていた3人のグループが店を出て行くと、
壁に張り出された「本日のアラ」が目に入る。
麺屋海神「本日のアラ」

そう、ここは魚のアラでダシを取るラーメンなのだ。
入荷したアラによって毎日スープの味が違うというのもなんだか楽しい。
というわけで、「あら炊き塩らぁめん」を注文。
しばらくして出てきたラーメンのなんと美しいことか。
あら炊き塩らぁめん

あら炊き塩らぁめん

スープが黄金色に透き通っている。ルックスが実に個性的で、類型が思い浮かばない。
白髪葱や茗荷のトッピングがなんとも素敵。
一口飲めば、上品な味わいと香りが広がる。
これは大人の味だ。麺は細麺。この上品なスープによく合う。
鳥とエビのつくねがこれまた食べ応えがある。
日本酒でも飲みたくなるような、「料理」ともいえるラーメンである。
さて、お腹もいっぱいになったところで、ブラブラ歩こう。
いい天気だ。今年は秋になっても暑い日が多い。

昔は新宿駅に東南口はなかった。このあたりもずいぶん変わったというか、スッキリした。
新宿南口

僕が知っているのは昭和の終わり頃からだが、このあたりはゴチャゴチャといろいろなお店があったような気がする。
たとえば、「ガバチョ」という店があった。ランチをよく食べに行ったものだ。
裏メニューでガバチョライスというのがあって、賄いメニューなんだけど、肉や野菜の餡かけをライスにかけたものなんだけど、これがうまかったのだ。
今はもう食べられない記憶の中にしかない食い物ってなんだか自分の中でどんどんイメージが肥大化していくような気がする。
さて、甲州街道をきょうも玉川上水跡を歩こう。
西新宿一丁目の交差点にあるルミネ

西新宿一丁目の交差点を過ぎる。
あおい通り

きょうもあおい通りを行く。
このあたりも昔に比べるとずいぶん歩きやすくなっている。
新宿駅 甲州街道

このところ、ずっと玉川上水跡を歩いている。
駅から10分歩けば、戻るのに10分で20分歩くことになる。
そんなかんじで散歩をするのもなかなか楽しいものだ。
箒銀杏

箒銀杏の樹というのがあった。
渋谷区が建てた看板がある。
箒銀杏 看板

この文章を読むと
かつて玉川上水が流れていた頃のこのあたりの景色は、
のどかなものだったんだなとかんじさせる。
天神橋跡の碑


さて、今回はこのあたりで新宿駅へ引き返そう。
今度はもっと遠くまで行くよ。

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