下関マグロの“散歩生活”

下関マグロの“散歩生活”

東京の町を散歩します。散歩の途中で出会ったおいしい食べ物やおもしろいものを紹介します!

2015年12月

12月 29日

キングオブコメディ高橋健一容疑者の心の闇は本人でさえわからないはず

世間を驚かせたキングオブコメディの高橋健一の逮捕。
ネットでもなぜ彼がこんな性癖を持ってしまったのかを憶測する記事なども出ている。

たとえば、犯罪を始めたのが、20年前で、それは母親の自殺がきっかけではないかとするものだ。
もっともらしいけれど、それはないだろう。

筆者自身もフェチがあり、フェチな人々を取材してきた経験によれば、性に目覚める時期にフェチも萌芽する。小学生から中学生のころだ。

たぶん、キンコメ高橋もそのころ、自分の中で、人とは違った性癖が萌芽したのだと思う。

いろいろな段階、たとえば、最初は女子高に忍び込むだけだったかもしれないが、それが徐々にエスカレートし、20年前に窃盗するようになったのではないか。

しかし、なぜ、学校に忍び込み、女子生徒の制服を盗む性癖になったのか。なぜ、家ではなく学校なのか。なぜ制服なのかなどの疑問はあるが、たぶん本人もその説明はできないだろう。

たとえば、それは異性愛者の男性になぜあなたは女性が好きなのか、あるいは同性愛者の男性になぜあなたが男性が好きなのかを説明せよと言われてもうまくできないのと同じだ。

そして、様々なフェチの人々は、一生その性癖は持ち続けることになる。

12月 28日

七福神巡りにかかる金額はいくら?

新年に初詣でをかねて、七福神を巡ろうという人も多いかもしれない。

ウォーキングブームもあってか、年々七福神めぐりをしている人も増えている。
都内の七福神めぐりでいえば、全長が3~5kmというところが多く、ウォーキングには適している。

ところで、七福神巡りに作法はあるのだろうか。
実は、作法はまったくない。神社やお寺への参拝の作法はいろいろあるだろうが、
七福神巡りということでは、まったく自由だ。

たとえば、どういう順序でまわらなければならないというルールはない。
七福神のうち、どこからお参りをはじめてもいい。
また、1日でまわらなければならないということもない。1週間かけてまわってもいいし、極端な話、自分の好きな神様だけをお参りするだけでもいいのだ。

七福神は日本だけで信仰されているもので、お寺と神社が混在していたりするアバウトさがある。

その七福神は、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の7神。
日本独自の信仰ながらもこの中で、日本の神様は恵比寿だけ。あとはインドや中国の神様なのだ。

さて、七福神巡りにかかる費用はいくらぐらいだろうか。
色紙を500~1000円くらいで購入し、
それぞれの神様で御朱印をもらうスタンプラリーのようなもの。

雑司ヶ谷七福神



また、色紙は無料だけれど、御朱印を一回押してもらうのに300円かかる場合はある。

港七福神めぐり


また、ミニご本尊という小さな人形を購入して、そろえるのも楽しい。

新宿山ノ手七福神めぐり


写真は、新宿山ノ手七福神めぐりだが、船が1000円、ミニご本尊は一体が300円だった。

ただ、これらを購入せず、ただ巡るだけでもいいので、無料でもできる。
こういった自由なところが、七福神巡りの楽しさでもある。

ごちそうを食べて部屋でごろごろしているあなた、
七福神をめぐるという口実で外へ出て歩いてみるのはどうだろう。
案外気持ちいいぞ!

12月 22日

「あさが来た」に登場した散歩する福沢諭吉とその門人たちの異様な光景

NHK連続小説の『あさが来た』は、いよいよ東京編が始まった。

あさは、大阪から船で横浜まで行き、横浜から汽車で東京にきたというナレーションがあり、
東京の町でいきなり遭遇するのが武田鉄矢扮する福沢諭吉とその門人たちだ。

諸説あるが、福沢諭吉は日本で最初に散歩をしたひとりとして知られている。

えっ、じゃあ、それまでの人は散歩をしていなかったかというと、どうにも説明が難しい。
ここで、使われている散歩は、今でいえばウォーキングということになるだろう。


交通機関が発達していないころはすべてが徒歩移動だ。だからみんな歩いていた。
歩くことは移動の手段でしかなかったのだ。

福沢諭吉は歩くことこそが、健康にいいと、西洋の書物で知り、実践していた。
つまり、歩くことが手段ではなく、目的となった。

福沢諭吉はウォーキングを朝の日課として行っていた。
夏は午前四時半、冬は五時半に三田をスタートし、広尾、目黒あたりまで約一里半(約6キロメートル)を歩いたのだそうだ。

このウォーキングに福沢諭吉の門人たちもついていった。
やはりその姿は当時としては珍しかったようで、
彼らを散歩党と呼んでいたんだそうだ。やはり変わった眼で見られていたのかもしれない。

しかし、こういったウォーキングの習慣は、明治のインテリ層に広がっていく。森鴎外や夏目漱石もウォーキングをしたそうだ。

夏目漱石は小説「三四郎」で散歩を登場させている。散歩と言う言葉と同時に、「歩き散らす」という表現も使っている。

朝ドラで、あさたちは東京でどんなところをどう歩くのだろうか。今日の放送では、あちらこちらを歩き、最終的には築地の五代友厚のもとを訪ねたというところで終わった。

ますます、今後が楽しみだ。


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