下関マグロの“散歩生活”

下関マグロの“散歩生活”

東京の町を散歩します。散歩の途中で出会ったおいしい食べ物やおもしろいものを紹介します!

あさが来た

1月 16日

「あさが来た」の五代友厚の死因である糖尿病は、他人事ではない

NHKの連続小説「あさが来た」で、ディーン・フジオカが演じる五代友厚はドラマでは、死を向かえる。

ドラマ上、どういう演出になるのかは不明だが、史実では糖尿病が死因なのだそうだ。享年49歳。

糖尿病といえば、日本では年々患者数が増え続けている病気だが、かつてはお殿様の病気として、ごく一部の人たちだけの病気だったが、今や日本人の5人に1人が糖尿病ではないかといわれるほど、その患者は増えている。

日本でいちばん古い糖尿病の記録は平安時代の中期、絶大な権力を持っていた藤原道長ではないかといわれている。その後も織田信長、五代友厚の時代でいえば、明治天皇も糖尿病にかかっていたのではないかといわれている。

僕自身のことでいえば、45歳のときに、区の健康診断で糖尿病が発覚した。会社員ではなく、フリーだった僕は35歳のときに、仕事でいろいろな人間ドックで健康診断した後、10年間はまったく健康診断を受けていなかった。

この10年間、僕は仕事が忙しく、取材に出かける以外は、仕事場兼自宅でずっとパソコンの前に座って原稿を書いていた。忙しいときはピザの宅配や弁当の出前を取るような生活をしたため、体重は100kgを超えていた。

とはいえ、糖尿病の自覚はまったくなかった。それだけに、何気なく受けた健康診断の結果、「糖尿病です、入院が必要です」と言われたときはショックだった。

実際、入院し、糖尿病のことを知るにつけ、ああ、なるほど、人生五十年と昔の人はよく言ったものだと思った。仕事が減り、時間ができたので、健康診断でも行こうかと言う気になったが、忙しかったらそのままだったかもしれない。そうすると、糖尿病が悪化し、50歳くらいの寿命だったかもしれない。

会社などで定期的に検診を受けている人はいいが、そうではない人は、ぜひ健康診断することをお勧めする。早く発見できれば、早めの対処もできるというものだ。



12月 22日

「あさが来た」に登場した散歩する福沢諭吉とその門人たちの異様な光景

NHK連続小説の『あさが来た』は、いよいよ東京編が始まった。

あさは、大阪から船で横浜まで行き、横浜から汽車で東京にきたというナレーションがあり、
東京の町でいきなり遭遇するのが武田鉄矢扮する福沢諭吉とその門人たちだ。

諸説あるが、福沢諭吉は日本で最初に散歩をしたひとりとして知られている。

えっ、じゃあ、それまでの人は散歩をしていなかったかというと、どうにも説明が難しい。
ここで、使われている散歩は、今でいえばウォーキングということになるだろう。


交通機関が発達していないころはすべてが徒歩移動だ。だからみんな歩いていた。
歩くことは移動の手段でしかなかったのだ。

福沢諭吉は歩くことこそが、健康にいいと、西洋の書物で知り、実践していた。
つまり、歩くことが手段ではなく、目的となった。

福沢諭吉はウォーキングを朝の日課として行っていた。
夏は午前四時半、冬は五時半に三田をスタートし、広尾、目黒あたりまで約一里半(約6キロメートル)を歩いたのだそうだ。

このウォーキングに福沢諭吉の門人たちもついていった。
やはりその姿は当時としては珍しかったようで、
彼らを散歩党と呼んでいたんだそうだ。やはり変わった眼で見られていたのかもしれない。

しかし、こういったウォーキングの習慣は、明治のインテリ層に広がっていく。森鴎外や夏目漱石もウォーキングをしたそうだ。

夏目漱石は小説「三四郎」で散歩を登場させている。散歩と言う言葉と同時に、「歩き散らす」という表現も使っている。

朝ドラで、あさたちは東京でどんなところをどう歩くのだろうか。今日の放送では、あちらこちらを歩き、最終的には築地の五代友厚のもとを訪ねたというところで終わった。

ますます、今後が楽しみだ。


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